袖ヶ江マスター南紀の旅~熊野三山 まずは熊野本宮大社~

ようやく、ここ金沢も開花宣言が出ました。兼六園は8日(土)~16日(日)まで無料開放及び夜間ライトアップされます。(http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/new/ivent/H29kanouki.pdf)この機会にぜひ北陸金沢の花見を楽しんでください。

さて、おいしい昼食を食べ、熊野三山最初の場所熊野本宮大社に向かいました。
家人曰く、熊野三山の巡り方には順序があり、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社と回らなければならないとか…・
まあ、信じるとして、行程を熊野本宮大社をトップにして組みました。
尾鷲から熊野大泊まで、無料の熊野尾鷲道路(42号線のバイパス?)ができていて、時間短縮できました。
大泊を出て帰路に寄ることにしている鬼が城や花の窟のそばを通り、有井で311号線に入ります。
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311号線を走っていると、各所にミカンの無人販売所があり、さすがにこの時期、普通のミカンはありませんでしたが、デコポンや、ネーブルといった柑橘類が並べられていました。
一袋買って、ホテルで食べたのですが形は悪いものの甘くて、おいしく正解でした。
車も少なく快適なドライブをして約1時間ほどで、目的地、熊野本宮大社の駐車場に着きました。
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道路を渡り一の鳥居へ。
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長い参道の石段が鬱蒼とした杉木立の間に続いています。
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ようやく石段が終わったかなと思うとまだ先にも石段が。
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一の鳥居から158段の石段をのぼりつめると、右に札所があり正面に神門がようやく見えました。
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神門のしめ縄は見事でした。
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歌人たちが朱印帖を出している間横を見ると、きれいに咲いた馬酔木の花のそばに、「お参りの仕方と順番」が書かれた看板が立っていました。
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なるほど、お参りする順番があるとは…・・と感心しながら神門をくぐり広々とした境内へ。
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まずは、正面の第三殿、家津御子大神(スサノオノミコト)をお参りして、
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次に、結宮の第一殿、第二殿をお参りし、若宮の第四殿へ。
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最後は、本田の隣の小さなお宮結びの神・祓いの神をお参りしてホッと一息。
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広い境内の端の方に、ポツンと小さな石塔があり近寄ってみると、和泉式部の祈願塔と書かれた看板が立っていました。
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「.和泉式部(いずみしきぶ)と熊野権現(くまのごんげん)

熊野本宮大社旧社地大斎原をはるかに望む伏拝王子には、平安時代の女流歌人・和泉式部が熊野詣に訪れたという伝説があります。式部は都から十数日目にしてようやく伏拝王子近くにたどり着きました。ところが、本宮大社まであともう少しというとき、月のしるし(月経)があらわれます。そのとき式部は歌を詠みました。
晴れやらぬ 身の浮き雲の かさなりて(棚ひきて) 月のさはりとなるぞくるしき(悲しき)
遠い昔、神社参拝に血の穢れは禁物とされていました。式部も月のしるしがあらわれた身では参詣できないという嘆きを歌に託し、ここから熊野本宮大社を伏して拝んだのです。するとその夜、熊野権現が夢の中に現れ、式部に歌を返しました。
もろともに 塵にまじはる神なれば 月のさはりも何かくるしき
和光同塵の神であるから遠慮せず参詣するように、とのお告げです。こうして式部は晴れ晴れとした気持ちで、無事に参詣を果たすことができたのでした。」(わかやま観光情報HPより)

なかなか、心の広い神様です。だから今でも熊野詣が絶えないのでしょう。
お参りを済ませ、朱印帖をもらい、もと来た石段の参道を下ります。
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上から見ると本当に長い石段だということがよくわかりました。この石段を上ることで身を清め、そして、熊野権現の霊験に触れることができるのでしょう。
階段を下り一の鳥居をくぐると目の前で、「もうで餅」というものが売られていました。
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こしあんを餅で包み、玄米を挽いて粉にしたものを餅の周りにまぶしたものですが、熊野三山でしか販売していないということで、それならばと購入しましたが、これが意外とおいしくて、土産にと思いましたが、日持ちがしないということで、仕方なく、旅行中に食べてしまいました。
時間もあり、しかもすぐ近くのようなので、かつて熊野本宮大社のあった、大斎原(おおゆのはら)を見ていくことに。つづく





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